| PEACE暴力防止トレーニングセンターVISION |
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PEACEが目的とするものは子どもや女性の人権が社会に認識されることです。また障害をもつ人々や同和地区出身、ひとり親や婚外子、暴力被害体験者、セクシャルマイノリティの人々など、発言する機会があまりなかった、社会的に弱者とみなされてきた人々の権利を擁護し、人権意識を啓発することにあります。 私達のセンターは、18才から何歳でも、人権活動に真摯に関わりたいと願う市民による非営利の活動体です。「お母さんたちのグループ」ではありません。この意見に賛同してくださる市民の方なら、どなたでも参加できますし、性別や障がいの有無による差別はありません。健康的な人間関係を営むことのできる人の参加に限ります。 このヴィジョンと戦略は、グループ内の個人的な価値観は様々にあるとしても、大きな目的はひとつであり、私達の団体が何を目的として集まっているのか、明確にするための指針です。また、グループの中で人間関係の衝突があった時のためのガイドブックの役割を果たします。 ☆ 基本になるヴィジョンー(ベース・ヴィジョン) まずどんなテーマも自分に関係のある出来事として捉えます。 ex.自分に中に人への差別感はないか、うぬぼれ・見下しなどの考えに偏いていないか。 私達人間は、本来暴力性を備えているという考えをスタートさせましょう。社会で頻発するいじめ、差別、虐待はどんな原因があって生まれているのでしょうか。 私達ひとりひとりの心の中で感じること、その積み重ねがこの社会を作っています。どんなに小さなものであっても、私達が反応して声をあげること、または声をあげなかったこと、その長い堆積の結果が現在の社会の有り様です。頻発する子どものいじめや自殺、差別を止めようと思えば、私達大人の責任において、逆に非暴力の社会へと導くこともできるはずなのです。 内観や自己ケア・自分を知る事 他人を差別する、子どもを虐待するという現象は、多くの人たちが自分には関係ないと思っていますが、意外なまでに自分の生活に密着したり、影響を及ぼしています。 人権活動は「自分でも何かしたい」「なんとかしなくちゃ」と問題を自分のものとして捉えることから、その第一歩が始まります。 そのためには、常に自分の心の声に耳を傾ける必要があります。結果として心の中で原因不明の痛みが疼いたり、モヤモヤを感じたり、自分で考えるより心の傷が深かったことに気がつくかもしれません。無意識に自分も人を傷つけていたことがわかるかもしれません。専門的にはこんなことを“認知の歪み”といいますが、すべて人は多なり小なり認知の歪みを持ちながらも健康に生きています。 けれど人権をテーマに活動するならば、できるだけ歪みを修正する努力が求められます。 人権運動に関わる場合には、自分の人権はもとより、他者の人権をも傷つけないような配慮が必要です。自分の価値観を洗いなおしたり、多様な環境のなかに生きる様々な考え方を学び、弱者と言われる人々への共感は、じっくりと長い年月をかけて身についてゆくものです。 またある状況の人だけに感じる反感や、グループ内である人にだけ感じる怒りや軽蔑、このような感情は、たとえ無意識に押し殺しているつもりでも、言葉のニュアンスや顔の表情、態度に微妙にあらわれます。自分の言葉を意識して使っているか、相手に対する感情を意識しているか繊細な感覚が必要です。 いつも対人関係に張りつめ、気を使ってばかりでは、感情が解放されない不満を感じることもあるでしょう。他者との関係を続けるためには、多少のスキル(技術)が必要です。 ☆人間関係能力を身につける 問題解決能力よりも、人間関係能力を見につけるほうが、難しいものです。けれど、それだけにいっそう大切です。人間関係能力の基本は、「自分のことが好き。自分の ことが大切、自分に正直である。」ことです。自己肯定感が低いと、負のエネルギーが働き他者を巻き込んだり、疲労感を強く感じたり、燃え尽きやすくなります。 自分が会話の中で相手を傷つけたのではないか、と不安に感じたら、その不安を相手にたずねることが最も良心的で、率直な解決方法です。グループ内の他の人に頼ったり、アドバイスを求めてもあまり良い結果にはならないことが多いものです。対人関係能力には、個人差がありますが、自分が人とのつきあいがうまくないとか、伝えたいことをうまく表現できないと感じるようであれば、アサーティブ・トレーニングのスキルを身につける必要があります。 また相談された人も、グループ内の預かり知らぬ関係に、知らない間に巻き込まれてゆきがちです。特に「怒り」の感情は、時として関係のない人にまで広がり、本来は自分が向けるべきではない人にまで怒りが伝染し、グループ内の信頼関係が壊されてゆく場合もあります。 相談を持ちかけられた場合、よき友人として今後もつきあいたかったら、聞くことを断る勇気も必要です。聴いてもいいなと思えたら、あくまでも中立な立場で相手の感情を受けとめ、その人が自分で解決できるように見守ってください。自分はグループに何を目的として参加したのか、相手は自分にとってどういう意味合いの人なのでしょう。 一生をかけての友人だと思える人であれば、活動との調整をとって両方の関係を大切にしてください。 自分の子どもや、親、パートナーとの大切な私生活の時間を確保して、グループ内の人間関係との境界線を引くことはグループのエネルギーを守り、燃え尽きを防ぐためにも必要です。 人は生まれながらに、自分で自分のことを解決できる知恵をもっているものです。 グループ内で誰かが苦手な存在になったり、ワークショップで一緒に行動することが困難に感じた時の解決方法は、それがグループ内の人とのことであれば地域のRCの仲間や自助グループでセッションして感情を解放し、解決方法を見出すことです。 グループの理事は、基本的にスタッフの私生活での相談にはのりません。けれど私生活で困難な状態が急に生じたり、プライベートなことでミーティングで話せなかったりする場合のみ、個人的な相談を受けつけます。 ☆仲良しグループにならない 誰しもが、自分の存在を証明したい、どこかで人に寄り添いたいと感じることがあります。 それはとても自然な感情です。けれど人権というデリケートさや複雑な社会状況を語る時、仲間の中で波風がたつのを恐れるあまり、言いたかったことを発言しなかったり、力に押されて黙り込むことは人権を啓発するグループではなくしたいことがらです。 人がたくさん集まる場所では、発言力をもっていたり、能力の高い人の意見に流されてしまいがちですが、自分の言いたいことにまずは声をあげてみることは、とても大切です。「誰かさんが能力が高いからこのグループに必要」なのではなくて「私という、子どもの人権に関して問題を感じ、社会に反映させたい」と感じる個人が大切なのです。 このグループに所属していても、皆と同じ意見でいる必要はありません。独自なものの考え方をする人がいて、皆と違う感覚を持っていても良いのです。ただし、いつでも、何を目的として議論しているのか、意識化する必要があります。 「私は正しい」ことを証明したいのか、「人権について」議論しているのかをはっきり意識して、無駄なパワーゲームに陥ることを避けましょう。話し合った結果、どちらも勝つという「勝ち」と「勝ち」のゲームに終わらなければ、議論はいたずらに人を傷つけるだけに終わります。 またPEACEは、個人の博学さや有能さを誇る場所ではありません。インテリな人間をたくさん輩出するための場所でもありません。心理学を学び始めると、急に難解な言葉を使いたくなったり、心理学用語を日常で使ったり、英語を使ったりしがちです。心理学や英語は、特殊な勉強をしているインテリ階級の人が使うもの、という風潮が根強い日本では言葉に対しての配慮が必要です。博識はグループのメンバーに広め、知識を共有するために使ってください。 心の傷に気づいた時、どうすればよいか思いきってカウンセリングを受けること、自助グループやサポートグループに参加しながら活動を並行することが大切です。必ずしも専門家でなくとも、あなたの状況をよく理解し、公平な対人関係づくりに的確な判断をしてくれる人からのサポートが必要です。 場合によっては1年や2年の休会が必要な場合もあるかもしれません。けれど、休会するまでもなく何かを行動したいという気持ちがあるのなら、毎月ごとに自分の心と身体の状態を観察しつつ、自分のペースに気づいて活動に加わることができます。 人権活動で常に大切なことは、自分も人をも対等な存在として見なすことです。たとえ相手がどんなに社会的ステイタスが高くても、たくさんの経験を踏んでいる人でも、自分を卑下する必要はまったくありません。 PEACEの活動では、相手の社会的ステイタスで特別待遇するようなことはありません。 相手がどんなに高名な人間であろうと、人の存在はみな、同じだけの尊重感をもって扱われます。 大切なことは、人を侮辱したり、策を弄したり、人のいやがることをしない、自分が嫌なことをしない、されないという思想をしっかりと心に根付かせること、自分の存在に自信を持ちながら常に謙虚さを失わないことです。 ☆サバイバーのあなたへ、サバイバーではないあなたへ サバイバーだということで、サバイバーのあなたがグループ内で傷つけられたり、尊厳を奪われるようなことはあってはなりません。性的な外傷体験がない人と同じように尊重されます。また、被害体験があることで特に尊重されるということもありません。 活動した結果、その人に心の癒しが起きることはあったとしても、心の癒しを目指すために活動しているわけではありません。センター内で、例えどんなことでも暴力被害体験を受け止めてほしいと期待していると、思わぬ他者からの発言や態度で傷ついてしまう場合もあります。 けれど、過去に暴力の被害体験をもつ人は、子どもたちに向けて優しいまなざしと、自分が体験したことを二度とくりかえさないことの大切さを深く理解している人々です。あなたの大人としての存在は、あなたと同じような体験をして傷つき、その心を理解してほしいと願っている子どもにとって、大きな慰めになり、生きる勇気与えるはずです。 また被害経験のないあなたは、人間が持っている本来の姿を、子どもたちの前で教えてくれる人たちです。それは健康という、人間にとって最も本能的で活力に満ちた力をもつ人々です。その共感力を、あなたがプラスの方向に使うことによって、社会に大きく貢献することができます。サバイバーのあなたも、サバイバーではないあなたも、人権活動では同じように必要な存在なのです。 PEACEに所属しているあなたは、子どもにとって良きコーチ、大人としてのモデルになるような存在であってほしいと重います。☆トンボになるー複眼をもつ、でも飛ぶ方向は同じトンボのような複眼で視野を見つめることが大切です。 単眼は決まった一定の広さしか見ることはできませんが、トンボは常にあの大きな目でグルグルと周囲を観察しながら飛んでいます。物事を判断する場合、多くの物事は単純に良い、悪い、白か黒かでしか推し量られることができませんが、社会では正義といわれていてもしたくないこと、悪いと思われてもしなくてはならないことのはざまで生きる私達は、裁判官的発想に捕らわれることは避けましょう。 ex.教育熱心ですぐに怒り出す先生がいる。保護者会で過激な発言をして保護者にもあまり評価されていない。一部の子どもは、先生を恐れているが教師仲間はその人をかばっていると見られるような時、その先生が本気で子どものとりまく環境に憂い、その子どもの親に怒りを感じているのかもしれません。私たちは物事のある一部だけを捉えて批判しがちですが、実はその人が過去に経験した失敗や苦い想いゆえの過激な発言であったり、熱心すぎて周囲から敬遠されるというようなこともあります。また単純に短気な性格で、暴力的な家族に育ったことに原因があるのかもしれません。 私たちはつねに視野を広く持ち、様々に考え、悩み、グレイゾーンを生きながら、多くのできごとを少しずつ学んでゆきます。けれど目指すものは暴力に満ちた闇の世界から抜け出し、痛みを越え、暴力のない平和な輝く世界を目指して飛び続けることです。 CAPプログラムなどの場合では、回数をこなし学校現場に慣れてくると、自分が経験した子どもとの対応に自信がついてゆきます。その結果、「子どものことであれば何でもわかる、自分は出来る」という万能感も持ってしまいがちです。 けれど、私達自身が子どもと同じように物事を感じ取り、子どもの世界をすべてを代弁できているわけではありません。子どもたちの世界では、どんなに耳をすましていても、大人の私達には決して聞こえないささやき声があったり、かすかな悲鳴がいつも存在しています。 常に学ぶ姿勢が必要です。 ☆ ワークショップは協奏曲 ファシリテーターはピアノの主旋律を奏で、側面からロールプレイヤーの2丁のヴァイオリンが主旋律に協調します。3つの楽器が心を合わせたとき最高の曲を奏でることができます。ヴァイオリンはピアノの旋律に子どもの注意が集まるよう、進行を妨げませんし、どの楽器も手を抜いたり、途中でなげやりになることはありません。微妙なバランスが保てるためには、チームワークが大切です。 ☆ 誰のためのワークショップか? すべての子ども向けのワークショップは、誰のためにあるのでしょうか?答えは、もちろん子どもです。 私達が陥りがちな過ちは、自分のためにワークショップを使ってしまうことです。シナリオをすべて暗記し、ファシリテーターになるためには、個人差はあっても約1年かかることでしょう。また現場でたくさんの経験を積まなければ、子どもとのより良い対応もできません。短い時間内で、突発的な子どもに意見にも的確な答えが返せるような感覚こそ、日ごろから人権意識を学んだ成果です。 かといって、すべての人がファシリテーターになる必要はないのです。むしろ、ロールプレイヤーとしてチームワークづくりに心をこめ、粘り強く良きロールプレイヤーであろうとする人の姿勢を尊重します。 1クラス、1回ごとに出会う子どもたちは、もしかするともう2度と出会えない人たちで、子どもの権利を教えてもらう機会は、もう2度とないかもしれないのです。子どもにとって最もわかりやすく、躍動的で、公平に意見がひろわれ、感性を理解してくれるロールプレイヤーやファシリテーターに出会うことが、子どもにとっての最善の利益なのです。また優秀なロールプレイヤー、ファシリテーターを抱えていることが、グループの財産でもあります。先駆者が得たスキルや体験は後継者に引き継がれ、グループで蓄えた資源は、後から出発した人ほど楽な状況で多くのものをもらうことができます。 ワークショップの経験回数、過去の学習歴、感受性の豊かさはワークショップを行うにあたって必要な事柄ですが、あえて自分をアピールしなくても、皆と同じ場所を共有することで、自分の存在は皆の中に自然に広まってゆきます。人と比較したり、あせる必要はありません。自分の参加度数が、例え今は少なくても、それも人と比較するのは空しいことです。 平等とは、全員に等しく同じチャンスは与えられることを言います。だからといって全員が同じ役割、同じ報酬にそろうということではありません。個人の個性を認め合い、多くを与えた人が認められ、評価されることは、平等という考え方の原則です。 人目につかない場所で働いた人の労力は、言葉や態度で表現され、皆からの感謝のメッセージを届けましょう。 「学校」「進学」「就職」という過程を経ている私達には、「競争」という無意識な刷り込みがなされています。私達の目指す非暴力社会は、人と競い合い、自分だけが生き残るものではありません。ワークショップや講演は、自分の自己実現、評価、自己満足のために使うものではありません。 ☆ 規約について 何か問題が起きた時は、規約に沿って解決されます。時と場合によってグループ全体での論議か、もしくは理事の判断によって問題解決に努力されます。 ☆退会 始まりがあったように、グループには終わりもあります。気持ちよく、納得のできる終わり方を考えましょう。 (文責:安藤由紀) |
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